声が届いたときー『52ヘルツのクジラたち』を読んで

 

52ヘルツのクジラとは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴く世界で一匹だけのクジラ。何も届かない、何も届けられない。そのためこの世で一番孤独だと言われている。

 

初めて目にした時、そのタイトルと美しい装丁に惹かれました。

そんな『52ヘルツのクジラたち』をご紹介します。

著者

町田そのこ

あらすじ

自分の人生を家族に搾取され続けてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、新たな魂の物語が生まれるー。

感想

「何か」を抱えて生きている人は多い。そんな人だらけだと思います。自覚がなくても。

世間一般的に「重い」といわれる経験があるかどうかなんて関係ないのだと思います。所詮は自分と自分以外の経験なので、捉え方も感じ方も違うのだし。

ただ、その経験が「ある」ということが辛いし、そこは比較しなくていいのだと。

 

そういう他者の「何か」に気づいたとき、私は何をするだろう。

できる・できないをベースに考えてしまいがちだけれど、それは相手にとって十分に足るものなのかがわからない。

するべき・するべきでないという論争もあるけれども、物事を決めつけることは難しいので。世間一般の常識が、自分の中の「普通」が、「正解」であると疑わないのであれば別でしょうが。私は、そこまで自分自身の決断に自信は持てないのです。

じゃあ私は何をするのかと、妙に考えこんでしまいました。

 

でも考えているだけでは物事は良くならない。受け入れて、一緒に歩んでいくことで救われるかもしれない。

本書は、最後にそんな少しの希望を抱かせてくれました。

気になったフレーズ

思い出だけで生きていけたらいいのに。たった一度の言葉を永遠のダイヤに変えて、それを抱きしめて生きているひとだっているという。私もそうでありたいと思う。共にあった日々で身を飾り、生きていけたらいいと心から願う。

こんな風に的確に、だけど美しい表現を私は今までに知らない。

 

この本を読み始めた日、大事な人が亡くなった連絡がきました。喪失感でいっぱいの中、たまたまこの言葉にあったとき、私もこんな風に生きたいと思わずにはいられなかったのを覚えています。

共にあった日々は、忘れないようにと思い出さなくても日常に溶け込んでいることもあるでしょう。けれど、過去一緒に生きた記憶を忘れないように思い出して反復することでしか得られないこともあるのではと思うこともあります。

反面、どれだけ生きるよすがにできようとも、もう生きる世界が変わってしまったのだという事実に打ちのめされそうになります。

 

永遠のダイヤは、忘れると無くしてしまうから。

そっと大事に眺めることも素敵だけれど、日々手に取って磨きたい。

そんな風に生きていきたいと思うのです。